Interview & Text:Seira Yonamine


これまでの音楽業界には「男社会」であるということが、歴史的にみても現実にある。ジャマイカにおけるレゲエ、ダンスホールにもジェンダーに対する壁は高くそびえている。


しかし、2020年のグラミー賞にて、Koffee(コフィ)が最優秀レゲエ・アルバム賞を史上最年少&女性アーティストとして初受賞という快挙をあげたことで、そうした価値観に大きな変革が起きている。本格的に「女性の時代」が訪れたような出来事が起こっていることについて、日本人女性としてジャマイカで活躍するBADGYAL MARIEに話を伺ってみた。



●「男らしさ」に重心がおかれていたジャマイカ音楽史の中で、コフィの快進撃や、新時代の女性アーティスト達の活躍に「大きな時代の変化」を感じています。ジャマイカでは、どういう風に捉えられてるのでしょうか?


MARIE:ジャマイカでは、コフィだけではなく多くの女性アーティストが近年大活躍しています。もちろん、昔から女性アーティストはダンスホールに存在していたけど、ここまでヒットを飛ばす女性アーティストが多くなったことは、かつてなかったのではないかと思います。完全に「市民権を得た」というか、ダンスホールにおいて「普通のこと」になったなと感じます。


●同じ女性として、女性アーティストが活躍されていることについて、率直にどう感じていますか?


MARIE:素直に嬉しいです。共感できる内容の曲が多いし、女友達とダンスで一緒に歌って盛り上がれるのも楽しいですね。それに、女を売りにしてる曲だけじゃなくて、色んなアーギュメントしてると思うし、すごく良い流れだなと思います。ジャマイカ、ダンスホールのシーンにおいては、とても意味のあることだと思います。


| ジャマイカの文化、時代背景も歌詞と共に



●長年ジャマイカに住み、ご活躍しているMARIEさんですが。そういう「時代の変化」を感じることって、これまでにもありましたか?


MARIE:ダンスホールは常に進化している音楽だと思います。サウンドも進化し続けていて、例えば、20年前と今ではRiddimの趣向も全く違うものになっていると思うんだよね。でも、今の音も、昔の音も、めちゃくちゃダンスホールだな~と感じます。変化が見られるのがリリック。特にここ2~3年は歌詞が過激になってきていると思います。

 
●どう過激になっているのでしょうか?


MARIE:アーティストが、「女の子2人とヤりたい」とか、そういう下品な歌を書いて、それが流行っちゃってる。特に、若い人のマインドが「Intence (インテンス)がそう言ってるから良いんだ」みたいな。トレンドっていうか。時代背景も歌詞と共にって思います。


●ジャマイカにおいて、アーティストの影響力は凄いんですね。

MARIE:個人的に住んでて思うのは、やっぱり、一番最初にそれを変えたのはVybz kartel(ヴァイブス・カーテル)なんだよね。「タブーを犯すことがカッコいい」ってなったの。当時、カーテルは、10代から年配まで、幅広く人気があるときだったし。今までは、「ブリーチはダメ」「女の人はワイフであるべき」「オーラスセックス禁止」とかがテーマだったんだよね。もうちょっとあるけど。それを、まずブリーチで破って、オーラルセックスも破って。それが「カッコいい」っていう風潮になって、色んなアーティストが続いてやりだした。それも、やっぱりカーテルに影響力があったから「(カーテルが言ってるから)良いんだ。じゃあ、ここまで言っちゃおう」みたいな感じで、今に至るのかなって。


●ジャマイカの音楽性には、実際にジェンダーに対する複雑な価値観がアイデンティティとして存在しているのですが。そのアイデンティティにも、少しづつ変化が訪れているのを曲やMV等で感じられます。そういう意味で、感じている変化があれば教えてください。


MARIE:女の子同士で踊ったりとか、バイセクシュアルであることを公言する女性が増えたよね。そして普通に受け入れられつつあるなと感じます。それは、やっぱりダンスホールの歌詞が前提にあったように思います。例えば、女性のオーラルセックスがOKになったのは、カーテルの影響が大きくて。長年タブーだったことをぶっ壊した彼は相当大きな影響力があって。だけど、それが男性となると話は別で。やっぱり男性の同性愛、オーラルセックスに対する否定的な考えは確固としたものがあるなと思います。


●音楽は社会の流れが色濃く反映する芸術分野なので、アイデンティティの変化には世の中の流れによる影響ももちろんあるとかと思います。ジャマイカの音楽シーンにおいて、そういったジェンダーへのアイデンティティは、これまでにどう変化していったのでしょうか。


MARIE:「カーテル以前と以降」と私は考えています。カーテルが肌をブリーチして、オーラルセックスの曲を歌った辺りからどんどん変化して行ったよね。

 
●カーテル様様ですね。
MARIE:
ジャマイカンのライフスタイルの変化が顕著に歌詞に表れているのも面白いよね。リリックに関しても、今も昔もガッツリ「ダンスホール」を感じられる。そこがダンスホールの魅力なのかもね。



●ジャマイカでは、アーティストの影響力が文化や時代を左右するほど、とても大きいものだと思いますが。「女性の時代」が訪れたことについて、今後のシーンの考察などありましたら教えてください

MARIE:もっと沢山の女性が音楽業界で活躍するようになるだろうなと思います。アーティストだけじゃなくて、Riddim Makerだったり、Producerだったり。女性ラジオDJは結構いるけど現場でプレイするセレクターは少ないから増えたらいいよね。

●男女の性質が全く異なるように、女性の音楽性には、これまでにはなかった新しいエッセンスやメッセージが込められていると思います。新時代の女性達の曲を聴いて、MARIEさんの率直な感想を教えてください。

MARIE:根本に「強い女性像」というのがあるように思います。主張がしっかりしていて、勝気な女性というのかな。Lady Sawの時代からそこは受け継がれている部分でもあって、それは、ジャマイカ人女性が本当に強いからってのもあるんだけど(笑)。 「強くないと生きていけない」というサバイブ感も感じられますね。逆に、弱気で儚い歌詞とかも聴いてみたいんだけど、彼女達がそうゆうメンタリティにならないのかもなあ……(笑)。


●新時代の女性アーティストで、注目しているアーティストを教えてください。


MARIE:もちろんShenseeaもLilaもJada Kingdomも大注目なんだけど。日本の皆さんに知って欲しいのがShaneil Muir(シャネール・ミューア)。彼女の低くてセクシーな声が魅力的で、リリックもかっこいいです。「Yamabella」は去年大ヒットして、女性から女性への警告の曲なんだけど。これを聴いて「耳が痛い女子も多いだろうな」と思うくらいリアルな曲です。パンチラインの「Big Stinkin Yamhead=アホ女」のとこは女性全員で合唱がお決まりです。やっぱり、目指すのはIndependentでカッコイイ女性だよね。


shaneil.jpg


| 母であり、妻である、BADGYAL MARIEの生き方


dj.jpg

●日本人女性として、ジャマイカに住み、一児の母として育児をこなしながら、男性と同じ土俵、しかも第一線で活躍しているMARIEさんは、それこそ「強い女性」という意味でも、沢山の女性に勇気やパワーを与えてると思います。

MARIE:
年々、強くなってきております(笑)それは、女性として強くなったのか、セレクターとして強くなったのか、外国に住む人間として強くなったのかは分からないんだけど、確かにすごく強くはなってきています(笑)


●弱くなることはありますか?


MARIE:弱くなることがなくなったかな。
 



●自分の立場がプレッシャーに感じることはありましたか?


MARIE:ないです。それは、自分が「まだまだ」だと思ってるから、だから、プレッシャーとか全然ない。10年前を振り返ると、すごいところまで来たなって思うんだけど。今の自分から見ると、もっと行きたいとこができて、そこに進むしかないっていうか......。そこに早く追いつきたいなって、日々精進している感じです。
 


●凄いですね。


MARIE:だって、すればするほど、カッコいい人とかいっぱいいるんだもん。自分より才能ある人とか。ジャマイカだけじゃなくて、世界中に沢山いるから、追いつきたい一心です。
 



dj2.jpg

●MARIEさんには、10歳になる娘さん(アリシアちゃん)がいると思いますが、娘さんにとって「お母さん」であるMARIEさんを、どう受け止めていますか?


MARIE:以前のインタビューから娘が10歳になって、もっと色々分かってきたんだよね。学校で、友達に「お母さん、テレビ出てたよ」とかさ(笑)遂に、学校の先生にもバレっちゃって。ちゃんとした格好、メイクも薄めで学校に行ったら、「あっ、BADGYAL MARIE!」って、先生に言われて。でも、先生も「今度PTAのパーティーで回して~」とか、そういうノリだから(笑)娘は、「アリちゃん嬉しかった~」って言ってくれてます(笑)


mom.jpg

●ジャマイカならではですね(笑)
MARIE:
ジャマイカって、やっぱりおかしくて(笑)音楽が中心だから、アーティストが芸能人みたいな世界じゃん。映画スターとかが居ないぶん、アーティスト、プロデューサー、セレクターとかが芸能人ってなっちゃうから、娘は「芸能人」って思ってると思う。最近、娘も音楽で遊びだしたので、また理解してくれたみたい。


 
●もし、娘さんがMARIEさんのパーティーに遊びに行きたいって言われたら、どうされますか?


MARIE:友達50人くらいVIP入れてあげる。全員。
 



●カッコよすぎです(笑)

MARIE:お酒とか買ってあげちゃうよね(笑)



 
●MARIEさんは、旦那さんと同じサウンドとして活躍されていますが。こういう夫婦関係も多くないと思います。旦那さんにとっては、妻でもあるMARIEさんの活動を、どう受け止めていますか?


MARIE:最近、別々の営業が多くなってることで、私のことをすごく応援してくれてて。でも、私が出演するダンスに絶対来ないの。「なんで来ないの?」っていうと、「君のファンがいるから。自分がいるとファン(男の人)は話かけにくいから」って。気を遣ってくれてるんだろうね。
 


●MARIEさんは、遊びにいくんですか?


MARIE:遊びに行きます。うちの旦那のプレイ、すごいカッコいいんですよ。世界で一番カッコいいと思ってるから、勉強しにいく。一緒にプレイするのも好きなんだけど、彼が1人でやってるのも、すごいファンだから。
 



dad.jpg

●チープな質問になってしまいますが、夫婦ゲンカはしますか?

MARIE:
夫婦喧嘩は全部音楽のことです(笑)例えば、「お前のさっきの選曲さ~」「さっきのMCさ~」とか、「今度録るダブのオケはこっちだろ!」「いや、こっちだ!」とかそういう感じ(笑)それ以外はゼロ。
 


●それが原因で大きなケンカに発展してしまうことは?

MARIE:
ない(笑)夫婦ゲンカなんだけど、反省会みたいな(笑)「まあ、今回はこっちのオケにするか」とか、選曲のこと言われたときも「ごめん、ごめん」って言って、すぐプレイリスト作り直したりとか。でも、長く付き合っている夫婦って、言い争うとスッキリして、寝て起きたら忘れちゃうみたいな人も多いじゃない。うちもそんな感じですね。




●夫婦ゲンカの内容としては、とても特殊ですよね。


MARIE:夫婦っていうか、パートナーっていう感じのほうが強くて。海外はもっと前からそうだったかもしれないけど、日本も男女の壁がなくなってきて、両方で働いて、家事しようみたいな夫婦も増えてきてるから。うちもまさにそんな感じで。旦那は掃除も好きだし、料理も好き。逆に、私より上手みたいな。だけど、そういうカップルは本当に増えてきてるし、良いことだと思う。
 


winner.jpg


| 母として、ジャマイカの貧困問題をみる。今、子供達の未来の為にできることは?


●母親であること、妻であることは、アーティストBADGYAL MARIEに影響を与えてると思いますか?
MARIE:与えてると思う。「お母さん」になったことで、表現力とかも広がったと思うし、色んな気持ちが分かるようになったかな。子供産むまでは自分勝手な考えだったんだけど、色んな人の気持ちを分かりたいって思うようになった。



●はい。

MARIE:例えば、ジャマイカの貧困って壮絶なものがあって。特に、旦那の実家がある地域の子供を見るとすごく感じるものがあって。「寄り添いたい」とか「何か出来ないかな?」とか。そういう気持ちになったりしたのもお母さんになってから。
 
今、『Do the Reggae』っていう新しいコンテンツを始めてるんだけど。そこで、子供達のために、何かできないかな?って真剣に考えてる。そういう気持ちになれたのも、やっぱり「お母さん」になってからだなって思う。
 


| "Laugh & Gwan(ラフ・アンド・グワン)" 
〜全部を笑い飛ばして、ポジティブに〜


 

●コロナ禍により、これまで通りの活動ができないなかではありますが。2021年は、どういう活動をしていきたいですか?今後の展望や予定を教えてください。

MARIE:
私もやっとクラッシュに勝って、UKツアーや、色んな営業が決まってたんだけど、全部ダメになっちゃって。今そういう人もすごく多いと思う。
 
私、2021年のテーマを決めたの。「ラフ・アンド・グワン」にしようと思って。「どうしよう」って思うことがあっても全て笑い飛ばして、あまり深く考えずに「とりあえず、乗り切って生きていけたらOKじゃん?」っていうふうに。営業もないけど「しょうがない。またいつかプレイできるよ」って、全部をポジティブに考えて行こうと思っています。
 
 
 


【Bad Gyal Marie  PROFILE】

profile.jpg

2000年に東京でセレクター活動を開始。2008年にジャマイカ移住。日本人女性としてジャマイカで活躍する唯一の女性セレクターであり、ジャマイカでサウンドシステムを作った初の日本人女性でもある。グルーヴ感溢れるプレイスタイルと幅広い選曲は爆発的な人気を得、オールディーズダンスから最新のジョグリンダンスまで活動の場も多様。ジャマイカで今最も注目される女性セレクターである。また、サウンドクラッシュ界にも進出する希少な女性セレクターでもあり、ジャマイカで開催されたBOOM CLASHで自身のサウンドNOTORIOUS INTLとして出場し予選を全て勝ち抜き優勝。NYのAmazuraで開催されたサウンドクラッシュでも地元NYのサウンドに勝利した。2020年からオンラインコミュニティ"Do the レゲエ"を発足させ、オンラインサウンドクラッシュを主催する等、精力的に活動している。Instagram:@badgyalmarie


【Do the レゲエ Japanese Reggae,Dancehall TV】

dotheregge.jpg

レゲエ、ダンスホール情報を詳しく知れるコミュニティ。オンラインサウンドクラッシュ、ダンスクラッシュ開催、インタビュー企画、ジャマイカ豆知識、会員だけが参加できるチャットルーム、オンラインダンス等...レゲエに詳しい人も、初心者さんも大歓迎です!


コミュニティ入会はコチラ

https://community.camp-fire.jp/projects/view/331573