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2020.6.26

SEIRA インタビュー 〜ライターの“あの子”は沖縄生まれのゲットー育ち〜

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「SEIRA YONAMINE」。

ある程度永く“レゲエ”という音楽文化に親しんできた人なら、どこかでこの署名の入った、アーティストのインタビュー記事を読んだことがあるんじゃないかと思う。主にレゲエ・フィールドを中心に活動するインタビュアーであり、音楽ライター。自分とは永年に渡り苦楽を共にしてきた“戦友”でもある。

そんな彼女が昨年ゴールインし、夫と共にカナダに移住。ここらでちょっと自分の人生を振り返ってみるのもいいんじゃないかと、いつもはインタビューする側の彼女に逆にインタビューを申し込んだ。

 

本来インタビューなので自分は敬語で喋るべきなのだと思うが、かなり付き合いが長い相手なのでくだけた雰囲気になってることはご了承願いたい。

 

LINEの画面越しの彼女は、いつもと変わらずニコニコしながら、朴訥なウチナーグチ(沖縄訛り)を挟みながら楽しく語ってくれたが、そこで語られたその半生は彼女がこれまでインタビューしてきた数々の有名アーティストに勝るとも劣らない、ハードでスリリングなものだった……!

 

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●日本ちょうど今13時回ったんだけど、そっち何時ー?

 

こっち夜の12時です。12時3分。

 

●ああそうですか。すいません夜分遅くに。

 

いえいえ(笑)。

 

●こんなかしこまってインタビューなんて初めてやから緊張するね(笑)。

 

ねぇ(笑)。

 

●沖縄出身って言うのはけっこう知ってる人も多いと思うんだけど、沖縄のどーいうところで生まれ育ったの?

 

沖縄市ってところで。私の地元は本当何にもない……基地しかないところで。団地育ちなんですよ、私。母子家庭で。公営住宅の抽選に当たって小学四年生から団地住まいになるんですけど、引っ越したところが、その……「低所得者地域」みたいなところなんですね。

 

●言ったら「ゲットー」的な。

 

ちょっとゲットー的な(笑)。友達もみんな母子家庭の子ばっかりで。で、転校してからすぐ私いじめられたんですよ。それでちょっとぐれちゃったじゃないけど、「ここでは強くないと生きていけないんだー」って凄い子供心に思って。

 

●なるほど。具体的にはどう「ぐれていた」の?

 

まぁさびしんぼの集まりですね(笑)。お母さんは夜のお仕事をしてたんで、夜中はずっと家に居ないし、周りも母子家庭の子ばっかりなんで、そーいうメンツで夜中集まって、飲み会したり、タバコ吸ったり、@@@@を××××したり……。学校によく親呼びされてたし、職員室で担任の先生と2人っきりで給食食べてましたね。そんな中学生時代でした。

 

●ちょ、ちょっと待って、君んとこは中学生でそんなことやってんの!?

 

外人が多いからですよ。早いんですよ(笑)。

 

●はぁ〜。

 

うち、お金もなくて、めっちゃ貧乏だったんですよ。給食費滞納とか常連で、たまにガスとか電気止まったりしてたし。だからバイトも中学生の頃からしてたんですよ。でも若すぎて雇ってくれるところがないからお祭りの手伝いとか。直談判して日給8000円ぐらいもらってました。りんご飴1000個ぐらい作ってましたね(笑)。だから、学歴社会とかお受験とか、それどころじゃなかったですね。家では宿題より家事するのが優先でした。

 

●「レゲエ」との出会いはどんな感じだったん?

 

本当自然の流れで。私の地元は基地しかない街で、外人ばっかりで街では普通に洋楽が流れてるし、そーいう環境だからレゲエやヒップホップ、R&Bを聴くのは特別なことではなかったんです。中学生でDJとかしてる先輩もけっこう居たんですよ。

 

●みんなめっちゃ早いんだね!

 

中学生が主催してオールナイトのイベントとかもやってて、私もよくチケット20~30枚さばくからタダで入れてよ、的な感じで男の子とディールしてましたね(笑)。

 

●中学生でそれだから高校時代なんかもっと凄かったの?

 

高校は元々行く気もなくて、先生にもお母さんにも「高校は行かない」って言ってたんですけど。でもお母さんには「受けるだけ受けて欲しい。その後は自分で決めていいから」って言われて。で、受けたんですよ。けど私も本当に受験をナメてたから、鉛筆に「1、2、3、4……」って番号を彫って、それ転がしてテストの回答を書いてたんですよ(笑)。

 

●ハッハッハッハッハ……

 

そしたら受かっちゃって(笑)。

 

●全国の浪人生が聞いたら殴られそうなエピソードだね(笑)。

 

でもやっぱりダメでしたね、中学以上に学校も行かないし。もう高校生の頃は冗談抜きで学校より夜中のダンスホールにずっと居ましたね。バイトもけっこうしてて。当時は歳をごまかしてキャバクラで働いたりしてたんですけど、お金が出来たら、当時大阪のレゲエシーンが好きだったので、よく大阪に行ってたんですよ。親友と二週間ぐらい行って、違法滞在者しか住んでなさそうな、怪しいゲストハウスに泊まって、毎晩ダンス行ったりとかしてましたね……。その頃からフリーペーパーを集めるようになりました。沖縄だったら手に入らないフリーペーパーを沢山持って帰るから、それでいつもキャリーバックも重くて(笑)。

HARDEST MAGAZINE』もその頃から集めてたし……。

 

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※大阪の老舗フリーペーパー『HARDEST MAGAZINE』。一時期webに移行するも、近年再びZINEとして復活を果たした。

 

この頃から“自分もレゲエで何かやってみたい”って思うようになったんですよ……。でも性格的に、人前で何かやるようなタイプじゃなくて。ダンサーも出来ないしサウンドマンも出来ない。歌うのも無理だし。「でもコレ(フリーペーパー)だったら私も携われるかも知れない」って。で、そっから「私はライターになる!」って言い始めたんですよ。学歴もないくせに(笑)。で、ちょうど高校二年生の最後の通知表がオール1だったんです。それをきっかけに、そこで高校は辞めました。17歳の時ですね。


その後すぐライターになりたくて、HARDEST MAGAZINEに履歴書を送るんです。でももちろん何の返事もなくて。

「まぁそうだよな……」って自分でも思ってたんですけど、そしたら友達から「ロカチャン(※1)でライター募集してたよー!」って聞いて。で、メール送ったんですよ。そしたらやっぱり全然連絡こなくて。一週間経っても。

でももう無視されるの嫌だったんで直接電話したんです、編集部に。

 

●へーそうなんだ。すごいじゃん!

 

そしたら「編集長が今居ないんで折り返し電話させます」って言われて、で本当に折り返しがあって!

「今どこに住んでるんですか?」って聞かれて、私沖縄に住んでるのに「東京に住んでる」って嘘ついちゃったんですよ。そうじゃないとさせてもらえないんじゃないかと思って。歳も17歳だったのに「18です」とか言って(笑)。

 

●(笑)。

 

で、次の週に会うことになったんですよ。すぐ東京行きの飛行機のチケット取って北野さん(※2)に会うためだけに東京行ったんですよ。あたかも東京に住んでる風を装って……(笑)。

渋谷の桜丘のカフェで待ち合わせして、そこで初めて北野さんと会いました。懐かしいですね、なんか……。

 

(※1)日本を代表するレゲエレコードショップ・ROCKERS ISLANDが運営していたWebメディアROCKERS channel、通称ロカチャン。まだ紙媒体が主流であった00年代中頃にいち早くインターネット上のメディアとして産声を上げ、その後のシーンにも多大なる影響を及ぼした。

 

(※2)ライター・北野啓太郎。00年代に伝説のレゲエブログ『Yellow Jamican』を立ち上げ、同ブログのBUZZをきっかけにロッカーズからスカウトを受ける。ロッカーズ時代はロカチャン編集長として辣腕を振るい、後進の育成にも大きく力を注いだ。

 

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恩師・北野氏と地元沖縄にて。

 

●そこで初のライターとしての仕事が始まるわけですね。

 

そうです、めっちゃ緊張しましたね〜。

一番最初にやったの覚えてますよ。レッドスパイダーが沖縄に来て、ミナゴロシのシステムと一緒に。昼間のフェスの取材でした。私がまだ10代で、夜中のクラブは入れないからっていう理由で。

 

●本当は中学生の頃から夜中のクラブには行きまくってたのにね(笑)。

 

アハハハハ。でも当時は大阪のレゲエが好きだったので、めっちゃ緊張しました。楽屋とかにも入れてもらって、記事の写真も私が撮ってたんですけど、ステージに登って超至近距離から撮らせてもらって。「私みたいな奴がこんなところに居てもいいんだろうか!?」って、震えましたね。でも嬉しかったです、とっても。

 

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●俺初めてロカチャンで書いたの何やったかなぁ? あっ、SING J ROYのリリパのダンスレポやね。

 

やっぱりみんなダンスレポからですよね。

 

●そうそうそう。

 

ステッカーとかも持って行きましたよね、ロカチャンの。

 

●ピンクのね。

 

懐かしいですよね! 当時は場の様子とかを紙に書いてましたね。まだ携帯じゃないんですよね(笑)。でもかなりテンション上がった状態で書いてるから、だいぶ殴り書きで。家に帰って改めて見てみて「これは一体何をメモしてるんだろう……」ってなって頭抱えてました(笑)。

 

●ライターあるあるだよね(笑)。

 

懐かしい〜(笑)。もう気付けばその日から10年ですね。

 

●10年の間にこんなに立派に育って(^^)

 

まさか自分がインタビューされる日が来るとは(笑)。

 

●いやー何をおっしゃいますやら!!

 

あ、それで北野さんには私が20歳になった誕生日にブログを作ってもらったんですよね。

 

●北野さんめっちゃ気合い入ってたじゃんね! ブログの開設日もあなたのハタチの誕生日に合わせて!! …でも基本書かなかったよね(笑)。

 

案外ブログを全然更新できなくて……。その時に私は気付いたんですよ! 私は、「自分から発信したい」ことって実はなくて、自分の好きなアーティストとか、周りの音楽をやってる仲間を「発信」したいんだな、って。

 

●自分のことを話すよりは、誰かの話を伝えたいみたいな。

 

正にそうで、自分がスポットライトを浴びるんじゃなくて、自分がスポットライトを持ちたいって思ったんですよ。

 

●おおおお〜。な、なるほど! ええこと言うやん。

 

それで北野さんに「インタビューに興味がある」って言ったんですよ。

そしたら「シンガーのmikoちゃんはどうですか?」って言われて。私と歳も近いし、沖縄に住んでたこともあって沖縄限定のアルバムも出してるから。

 

北野さんの作ってくれたブログで、彼女のインタビューをしたのが私の人生初のインタビューです。

 

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miko

 

そこから自分の中でもVIBESが変わって! 「自分で何かをやりたい、レゲエを伝えたい」って凄い思うようになったんです。

自分たちでダンスを主催したり、男友達三人とフリーペーパーを作ったりしてました。そこからインタビューもしまくりましたね!!

 

●おおおおお〜!!!

 

当時仲間と作ってたフリーペーパーを県内で5000部刷って配りまくってたんですけど、ある日、一通の手紙が届いたんですよ。その手紙の内容が「この雑誌を読んで、僕もいつか音楽でなにかをやりたいと思いました。でも僕は今自分で手に入れることができません。毎月送ってもらうことは可能ですか?」っていう内容で。その住所をグーグルマップで検索してみたんです。そしたらそこは「少年院」だったんです。

 

●ほうほう!!!

それが、すごく嬉しくて。私の友達にも少年院に入るくらいグレちゃう子って何人かいたんですけど、そういう子って、別に心が悪いとかじゃないんですよ。想像も絶するような家庭環境で育ってたり、そもそも両親に捨てられてたり、ツラい経験してきて、大人とか社会がキライなんですよ。

塀の中から、わざわざ手紙を書いてくれるほど、その子の人生に、少しでも希望が与えられたのかなって。すごく嬉しかったです。

 

 

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20歳の頃沖縄で主催していたイベント『Cherry Oh! Baby!』。イベントロゴは今や世界的な存在となったChocomooが制作した!

 

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仲間たちと発行していたフリーペーパー『MEZIA MAGAZINE』。

 

この後私ワーキングホリデーでカナダに行くんですよ。今思うとそれも人生のターニング・ポイントでしたね! 今や在住だし。

その時も日系のフリーペーパーでインターンしてたんです。きゃりーぱみゅぱみゅさんの取材とかもやりましたね〜。

 

●ああ〜、なんか北野さんに「インタビューのアドバイスもらってたやつ」でしょ?

 

そうです。当時北野さんに教えてもらった「インタビューの心得」は今も大事にしてますよ。

ひとつ、「一番のファンになる」。インタビューするアーティストさんの一番のファンになるぐらいの気持ちで接して、沢山居るその人のファンの方々の気持ちを自分が代弁する! ファンの聞きたいことを私が代わりに聞く。

後は「9割相手で1割自分」。インタビューする相手にどれだけ気持ち良く話してもらえるか、相づちだったりリアクションだったり。それは今でもずっと意識してますね。

 

●北野さんは君のことをすげー可愛がってたと思うよ!

 

北野さんが居なかったら今の自分はないですよ!! こんな実質小卒みたいな私を拾ってくれて……。
で、私がそのカナダの一年終わってNYに行った時に、もともと雑誌の『WOOFIN'』で働いてた方から連絡あって。“NYに出張で行くから色々教えてください”みたいに言われて。私もその時点でまだ1ヶ月ぐらいしかNYに居なかったんですけど(笑)、まぁ頑張って色々案内して。その時に「WOOFIN'の編集部で働きたい?」って聞かれたんですよ。そんなの働きたいに決まってるじゃないですか! それで帰国したタイミングで当時の編集長とも面談させてもらって。私その時NYからジャマイカに行った帰りで、髪とかも全部ブレイズだったんですけど、「いつから来れますか?」って言われて。2ヶ月後には上京して『WOOFIN'』でのアシスタント生活が始まりました。

 

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20年続いた伝説のブラック系ファッション誌『WOOFIN'』。毎年、夏場にはレゲエ特集号が刊行されるのが恒例行事であった。

 

でもやっぱその時に……うーん、なんだろ「私、やりたいことコレじゃないかも」って思って。なんかずっと高校生の頃から「ライターになりたい!」って言って、言い続けて言いふらして、とうとう『WOOFIN'』まで来たのに、なんか気持ちが複雑になっちゃって……。

 

●なんで?

 

うーん。まず東京に居るのが嫌でした。それと、音楽ビジネスを直視したのが当時20歳そこそこの小娘には辛かったですね。『WOOFIN'』はアシスタント期間の3ヶ月で辞めさせてもらって、その後は音楽の配信会社に勤めました。そこでもレゲエのお仕事に携われてたんですけど、そこも一年持たなかったですね……。

“私、やりたいこと全部やってるハズなのに、なんで投げ出してるんだろう? 本当にやりたかったことって何なんだろう??”

って、凄い悩んだ時期でした。

 

●先輩なんであえてちょっと意地悪な質問をするんだけど、「やりたいことを仕事にする」っていうのは、みんな誰しもその過程で今のSEIRAちゃんみたいな悩みを抱く訳じゃんね。「今は辛くても我慢してきっといつか……」みたいな考えにはならなかったの?

 

もちろんそれは当時周りからも言われました。「甘いんじゃないの?」って。でも私は母子家庭の貧乏な家で生まれ育って、小さい時からお金のことでずっと苦労してきた訳じゃないですか。だからせめて自分の好きな世界だけは、お金とかビジネスとか、そーいうことをあんまり考えたくなかったんですよね。

 

●なるほど。

 

私はその辺が不器用というか……。社会不適合者なんですよ(笑)。

 

●でも悩んでた時期もありつつ、その後もずっとライターは続けて、インタビューもやり続ける訳じゃん。生まれて初めて履歴書を送った『HARDEST MAGAZINE』にも書くようになって。

 

『HARDEST』の頃からソロバンさんともよく喋るようになりましたよね! あそこでレゲエ書くのは私達だけだったし。

 

●『HARDEST』の時って本当、色んなアーティストさんインタビューしたと思うんだけど、誰か印象に残ってる人はいる??

 

うーん…Awichさんですね。

 

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●あ、やっぱそうなんだ。

 

私にとってインタビューって、「旅をさせてもらう」感覚なんですよね。

人の人生を聞く訳じゃないですか。一時間二時間かけて。終わった後は一本の映画を観たような感覚が、私はあって。映画も旅みたいなもので、聞く前と聞く後で自分の世界観がちょっと変わってるんです、その人の影響を受けて。

私がインタビューさせてもらう方って素敵なアーティストさんばっかりなんで、そーいう方達のお話って凄く自分の感性を刺激してくれますね。人生は感性で創られるものだと思っているので、インタビューするのがとっても好きです。文字起こしはめっちゃ大変ですが……(笑)。

Awichさんは……うん、女神でしたね。

 

●逆にむっちゃ大変だった人はいる? まぁここだけ話でいいので。ちょっと。

 

えー(苦笑)。

うーん……●●さんがインタビュー中に@@@@吸い出して××××××××××××××××××……

 

(※後日このくだりは原稿チェック時に「ねぇあの話書いていい?」と確認したのですが、「書ける訳ないでしょうが!」と即却下されました。スンマセンww)

 

●な、なるほどね!(笑)そんな感じで、SEIRAさんも様々なメディアで様々な経験値を積みつつ、今は「REGGAE ZION」というフィールドで活躍中な訳ですが、どのようなことを主にやってるんでしょうか?

 

レゲエZIONでは、ライターとコンテンツの制作を担当してます。

レゲエZIONはもともと、着うたの会社じゃないですか。私中学生の頃会員だったんですよ。月額310円で3曲着うたが取れる会員に、私入ってて。『HARDEST』もそうなんですけど、やっぱり自分が10代の頃に接してたものと、時を経てこうやって一緒にお仕事をさせてもらうというのは、本当に嬉しいし誇らしいことだと思ってます。

 

 

●……えっと、そーいう真面目な話題の後でアレなんですけど、SEIRAさん最近ストーリー(Instagram)でけっこセクい写真上げるじゃないですか。あの豊かな胸に釘付けになってる男性も多いと思うんですけど、ちなみに何カップですか?

 

えっいきなりそーいう質問来ます? そうですね、Gカップですね。

 

●G!! やっぱあれですか、「G」カップともなると地球の「G(重力)」もいっぱい感じたりするんですか??

 

そうですね〜肩こり大変ですよ、パソコン触るお仕事だし。

って何の質問なんですかコレ(笑)。

 

●あざす!(笑) やっぱせーらちゃんみたいなさ、可愛くてオッパイも大きな子がさ、「えーそうなんですかー、そうなんですかー」みたいに熱心に聞いてくれたら男だったら嬉しいと思うのよ。別にお色気で売ってる訳じゃないけど、そーいう「人間力」的なものはインタビューする上で大事なことだと思うし。

 

言われたことありますよ。「キャバクラみたいに喋っちゃったよー」とか(笑)。

それはそれで、嬉しい?ことですけどね! 私のインタビューを受けてくれている方々、インタビューを読んでくれている方、本当にありがとうざいます。

 

●そんなSEIRAさんですが、最近はちょっと「課外活動」も始めたそうで。ユーチューバーやってるそうですが、どんなチャンネル名で主にどんなことを発信してるんでしょうか?

 

ハイ! チャンネル名は『Seira Natural Mystic』です。良ければチャンネル登録と、高評価ボタンお願いします。

内容は……私、五年ぐらい前から凄いナチュラルな生き方について考えるようになって。ずっと吸ってたタバコもやめたり、最近はお肉を食べることもやめました。

そーいう健康的で自然体な生き方に合う音楽って「レゲエ」だと思うんですよ。リリックでも実際にそーいうこと歌ってる訳だし、ちゃんと体に良いもの食べて運動して、お祈りして瞑想して……。「レゲエは今流行ってない」とか言われてるんですけど、やっぱり流行り廃りの前にカルチャーでありライフスタイルであると思うので、私がこの音楽を通じて影響を受けた「生き方」を色んな人に伝えていきたいです。要は「レゲエ」を伝えたいんですね!

 

 

●そうやね。『Natural Mystic』ってボブ・マーリーの曲名でもある訳だし……なんか、「別に自分から発信したいことはない」とか言ってたけど、ちゃんと発信したいことあるじゃんね!

 

そんな大それたものじゃないですけどね(笑)。

 

●それではもう大分いい時間になってきたんでそろそろ〆ようと思うんですが……まぁせっかく、ライターがライターに聞くインタビューなんで、最後にこれからライターやってみたい人とか、インタビュアーしてみたい人に何かメッセージお願いします!!

 

裏方は基本地味な上に責任もある大変なポジションだと思うんですけど(苦笑)。アーティストさんと世の中の架け橋となれる、すごく重要なお仕事だと思ってます。自分の好きなアーティストと直接お話できるのもライターの醍醐味だし、自分の書いた記事が何万人の人に読んでもらえたり、誰かの心を動かせてしまう時だってあります。志ひとつで可能性が沢山ある「お志事」だと思っています。

あと、わたしは貧乏家庭で学歴もほとんど無いですが。全ての親愛なるゲットーユーツに伝えたいことがあります。夢は絶対叶うので、お金が無いとか、学歴がないとかで夢を諦めないで欲しいです。わたしの夢が叶ったように、あなたの夢も絶対叶います。

 

 

 

 

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【SEIRA YONAMINE】

インタビュアー / ライター / Youtuber

地元沖縄を離れ、現在カナダ・トロント在住。ジャマイカやレゲエのナチュラルなインスピレーションを受け自然的なライフスタイルを日々学びながら実践中。ナチュラルライフクリエイターとして
YouTubeチャンネル『Seira Natural Mystic』を開設。I want to create something that can be shared with a lot of people.Instagram:@selah_8163

 

 

 

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【SOLO BANTON】

ライター / デザイナー。全国各地のフライヤーやCDジャケットをPOPに美しく彩る『ソロバングラフィック』代表。また音楽ライターとしても活躍し、特に日本のレゲエシーンにおけるトレンドを生み出す重要人物として広く知られている。

Instagram:@solobanton.desu

 

 

 

 

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