楽曲詳細

Bedroom Madness

WHY?

HAIIRO DE ROSSI

スマホ版はコチラ
https://sd.reggaezion.jp/track/23745782
必要ポイント:238pt
「今まで俺が作品を作ってきたが、今回に限っては今の俺をこの作品が作った。」

2026年3月にCD作品『Identity』を発表したHAIIRO DE ROSSIが、新作『Bedroom Madness』を完成させた。

本作は『Identity』の続編でも発展形でもない。

アルバムを作ろうとして生まれた作品ではなく、完成したあとに初めて、自分が何を作っていたのかに気付いた作品である。

本作には、ハウス、トラップ、インダストリアル、ダブ、グリッチホップ、デトロイト、ソウル、アンビエントなど、多様な音楽的要素が混在している。

音楽的な統一性はほとんど存在しない。

それでもアルバムとして成立しているのは、一人の人間の時間、身体、呼吸、そのものが一本の軸になっているからだ。

これまでHAIIRO DE ROSSIといえば、ジャズとヒップホップを横断する作品が一つの代名詞だった。

しかし今作では、いわゆる「ジャズらしい音」を意識的に手放した。

その代わりに残したのは、身体で時間を捉え、反応を信じ、コントロールし過ぎないという方法論だった。

皮肉なことに、その結果生まれたのは、これまでで最もジャズ的なアルバムだった。

音色ではなく、思想と身体性としてのジャズ。

それが『Bedroom Madness』を貫いている。

⸻

このアルバムは、最初から明確な設計図を持って作られたわけではない。

音に反応し、言葉を書き、録音する。

その繰り返しの中で、作者自身も気付いていなかった思考や感情が少しずつ姿を現していった。

だから完成したあと、自分自身が作品を読み返す側になった。

「なぜこの言葉を書いたのか。」

「なぜ最後は歌わなかったのか。」

「なぜこんな問いばかり残したのか。」

その答えを探し始めたのは、リスナーより先に作者自身だった。

⸻

アルバム前半、リスナーはHAIIRO DE ROSSIという一人の人間を眺めている。

暴れ、怒り、笑い、自らを疑いながら進んでいく姿を見ている。

しかし、その関係は静かに反転していく。

いつの間にか、見ている側と見られている側が入れ替わる。

最後に鏡の前へ立たされるのは、作者ではない。

リスナー自身である。

そこで残される問いは一つだけだ。

「お前は誰だ?」

この問いに答えは用意されていない。

作者自身も、その答えを持っていない。

⸻

本作には、メディア、レビュー、ランキング、SNS、プレイリストなど、現代の音楽を取り巻く構造への視線が繰り返し現れる。

しかし、それは誰か個人を断罪するためではない。

作品の中で繰り返される、

「作品の価値は画面上にない。」

という言葉も、過去を懐かしむためのものではない。

目の前にある世界を見続けた結果、生まれた実感である。

正気と狂気を分ける境界は、本当に存在するのだろうか。

世界が歪んでいるから、自分が狂って見えるのか。

それとも、自分が狂っているから、世界がそう見えるのか。

本作は、そのどちらも断定しない。

⸻

終盤、『WHY?』では答えのない問いが繰り返される。

『I Know』では、もう会えない誰かへの記憶が歌われる。

そして最後、歌詞を持たないアンビエント・インストゥルメンタル『Graduation』だけが静かに流れる。

卒業とは何を意味するのか。

その答えは提示されない。

むしろ、最後には言葉そのものが輪郭を失っていく。

説明しようとすればするほど、本質から離れてしまう。

だから最後に残るのは、音だけだった。

『Bedroom Madness』は、答えを提示するアルバムではない。

答えを持っているふりをするアルバムでもない。

一人の表現者が、自分自身にも答えが分からないという事実を受け入れ、その状態を作品として残したアルバムである。

だから、この作品は作者を理解するためのものではない。

聴き終えたあとに残るのは、作者の結論ではなく、自分自身へ返ってくる問いだけである。